鎌田正彦さんとは、SBSホールディングスの創業者であり代表取締役社長を勤めている方です。1987年に立ち上げた株式会社関東即配は何もないところからどんどん大きくなっていき、約30年で年商4000億の企業へと発展させた一代社長です。

無名の会社立ち上げ時から途方もないような目標を抱えて実現させてきた鎌田正彦社長は、どのような人生を送ってきたのでしょうか?

父親の事業失敗で早くから働いていた

鎌田正彦さんが生まれたのは、1959年宮崎県延岡市でした。
当時、鎌田正彦さんの父親が事業を行っていたのですが、中学時代にその事業が失敗し、自らアルバイトをして家計を支えるという日々を送っていました。


高校卒業後、佐川急便に入社し8年間ドライバーとして働いた経験を活かして、運送業での独立を果たしています。

大手との戦いは苦難の連続だった

鎌田正彦さんが独立した当初、運送業界は大手の企業ばかりでした。
現在でもただ1人で会社を起こし、上場まで昇り詰めたのは鎌田正彦社長のみと言っても過言ではありません。

そのため、独立してからの日々は苦難の連続でした。業界では鎌田正彦社長の会社とは契約を結ばないように御触れが出されているのも当たり前の事態で、どこの業者との提携できない状況がありました。

「絶対倒産させない」という強い意志が道を切り開く

苦しい状況に置かれた鎌田正彦社長は、「絶対に倒産させてはいけない」という強い意志でひたすら前に進み続けます。

当時は主流ではなかったまだ若い会社とも提携し、同じように厳しい環境で戦う仲間たちとタッグを組み、会社を守るために動き続けました。このバイタリティーが今の上場企業へと繋がっていると言えます。

途方もない目標がが現実になる

創業から5年後、がむしゃらに進み続けた関東即配は年商25億円を売り上げる企業へと成長していました。

そこで鎌田正彦社長は、創業10年で年商100億円、20年で1000億円、30年で2000億円という目標を立てました。
この数字は当時は誰が聞いても「そんな数字達成できるわけがない」という途方もない目標でした。しかし、鎌田正彦率いるSBSホールディングスは、創業から30年で4000億企業となっています。

誰もが驚く高い目標を叶えてきたのは、鎌田正彦社長の「大手に負けてたまるか」という強い精神力と高い目標をリアルにイメージして突き進む力だと言えます。

このような素晴らしいバイタリティーを持った社長が描く今後の未来に期待が高まります。

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