松本恭攝は、株式会社ラクスルの代表取締役です。

ラクスルと言えば、多くの広告を出していたので知っている方も多いのではないでしょうか?
株式会社ラクスルは名刺やチラシなどの紙媒体を印刷する業者の1つです。

1984年生まれの若者である松本恭攝氏はどうして「おじさん文化」と言われる紙媒体の印刷業界にわざわざ足を踏み入れたのでしょうか?

公務員の親族に囲まれて芽生えた挑戦心

松本恭攝社長は1984年に富山県で生まれました。
松本恭攝社長の家族は皆公務員という特殊な環境であり、誰もが自然な流れで公務員になるという家系でした。

しかし、松本恭攝社長だけはその環境の中、「毎日同じことをする生活はできない」と新たなことへの挑戦心を燃やし続けていました。

慶応義塾大学を卒業後はA.T.カーニーに入社し、コスト削減のプロジェクトに従事します。
その中で、松本恭攝社長は印刷業界に着目します。

印刷業界こそが最も削減できるコストを抱えたまま運営されている業界だと見出した松本恭攝社長は、株式会社ラクスルを立ち上げます。

古いと言われる印刷業界こそライバルがいない

印刷業界というと、もう時代遅れの人しか使わないというイメージを持っている方は多いです。
そんな印刷業界にわざわざ飛び込む松本恭攝社長は変わり者のように見える方もいるでしょう。

しかし、松本恭攝社長はそんな業界だからこそ、プラスに捉えていたようです。

若い人がいないということは、それだけライバルがいないということで、誰とも競争しないからこそより新しいことを行うことができる。そうポジティブに捉えて誰も踏み込まない印刷業界で勝負を仕掛けたのです。

仕組みを変えるだけで世界は変わる

松本恭攝社長は、株式会社ラクスルを設立した初日に「仕組みを変えれば、世界はもっとよくなる」という目標を掲げました。
つまり、印刷業界が悪いのはデジタルが有効とされている時代にアナログな業界だからではなく、その仕組みにあるからだと豪語したのです。

その言葉通り、松本恭攝社長はデジタルであるインターネットを通じて、営業には引っかからない小さなロットの案件を獲得できる仕組みを作っていきました。
これまで印刷物を頼めなかった人達を発掘していき、新しい顧客開拓を実現したのです。

それ以外の部分でも新しい仕組みを作っていきました。今後も松本恭攝社長が築き上げていく新たな世界から目が離せません。

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